オーストリア出張の序に、私がドイツに留学していた2000年から注目している建築設計事務所、Baumschlager & Eberleの新社屋をLustenauに訪ねました。
彼らの集合住宅はとても規則正しいファサードデザインの中に温かみがあり、一方建築の内部は光の拡散を最大限に生かしたミニマムな素材と色による神秘的ともいえる空間で、学生時代にとてもあこがれた存在でした。
彼らは当然幾つかのパッシブハウスも手掛け、建築総工費の中の設備コストの割合にも頭を悩ませていたそうです。ある日Eberle氏のアイディアで、冷暖房換気設備の一切無い建物を成立させようという事になり、大半のエネルギーコンサルタントは無理だと断ったにも関わらず、建物の蓄熱性能と窓開けによる通風とナイトパージと自動制御で、これを成立させてしまったのです。
その名も、「2226」。最低気温が22℃を下回らず、最高気温が26℃を上回らない。それを、冷暖房換気設備の無い建築でやってのけたのです。
このぶっ飛んだアイディアを、私が大好きな意匠設計者がやってのけた事を、私は本当に嬉しく思う一方、実際に建物を視察してみて思う事を書きます。断熱嫌いな通風信者が日本の実務者に大変多いため、ヨーロッパの最先端エコ建築に設備が無いと聞いて喜ぶ方が多い事もあり、敢えて書きます。
日本で真似ができる技術的要素が極めて少ないです。
彼らは年々複雑になる外壁構成の真逆である、シンプルな単一の材料で構成したいと考え、レンガ壁の外部と内部に漆喰を塗って建築を仕上げました。
気密シートや防水シートなども一切使っていません。
日本だとまず、レンガ造で5階建てが建ちません。
この建築は、断熱を辞めた訳ではありません。内部に複数の空気層を持つ、
断熱レンガを使用し、レンガ壁厚80センチで最大限の断熱性能を確保しています。
RC造で同等の断熱性能を確保するとしたら、外断熱工法を採用する以外ありません。
また、構造的には40センチで成立するレンガ壁厚を、敢えて80センチにして蓄熱性能を上げています。それでも断熱レンガの蓄熱量に比べ、圧倒的な蓄熱性能をRCスラブが担っています。
この地域の夏には除湿負荷がありません。パッシブハウスも住宅であれば、冷房設備無しで通風だけで基準をクリアする事が出来ます。今回はオフィス建築であるため、住宅よりも内部発熱が多いため、苦戦しています。
窓を外壁面の12%まで減らし、日射の侵入を減らしています。更に窓を壁厚の最大限内側に取り付けているため、全ての窓に80センチの庇と袖壁がある状態です。
外付けブラインドを付ければ、冬により日射が入り、夏はより遮蔽出来るものを、
恐らくこの彫刻的な建物の意匠を優先し、外付けブラインド無しでやろうとしているため、日射を減らさなければいけません。フィックス窓の横にある木パネルは電動開閉式で、換気やナイトパージ用に自動制御されます。このパネルを、北側に配置し、フィックス窓を南側に追いやる事で、東西からの日射の侵入を防御しています。
それでも開口部の高さは3メートル近いため、東西面のガラス面の3分の2以上に日射が当たります。日本の夏ではこの時点でアウトです。
建物の天井高は3メートル近くあり、日本のオフィスや住宅に比べ、人口密度がめちゃくちゃ低いです(日本の設計事務所とは大違いです)。
それでもオフィス建築は内部発熱が多いので、冬は無暖房で22℃近くになるようです。もちろんトリプルガラスの木製窓の断熱性能は大変高く(換気パネル部分には真空断熱材が挟み込まれています)、熱損失が最小限なため、窓から入った日射は建物に蓄熱されていきます。それでも長期休暇が続いたりすると、室温が下がってきてしまいます。一度下がってしまうと、蓄熱量が膨大なこの建物を温めるのにとても時間がかかります。そこで、そのような場合はなんと照明器具として位置づけられているハロゲン電球が自動で点灯します・・・。
以上、外付けブラインドが無く、緊急時の暖房熱源としてのハロゲン電球はあるという意味では、やや突っ込みどころのある建築ではありますが、昨年は1年間の内、22℃以上26℃以下をキープできなかった時間が合計100時間だったそうです。
これは驚異的であり、冷暖房設備をふんだんに入れた通常の建物であっても、利用者の満足度は100%に達しないことを踏まえれば、これは許容範囲と言えそうです。
こんな建築なら100年なんか余裕で超えられます。全ての建築家の憧れだと思いました。
でも私がとても恐れている事があります。
それは、日本の断熱嫌いな通風信者がこの建物を見て、似て非なる建築を日本でやろうとすることです。そして、きっとそのようにして出来上がった建築の名前は
「1632」だからです!!(森)